続・ユビキタスの街角

ユビキタスの街角(http://tmasui.blogspot.jp/)から引っ越してきました

2014年01月

大学生の頃、合宿やスキーなどでバスで関越方面に行くことが時々あったのだが、当時住んでたアパートが練馬あたりの目白通り沿いだったので、「ちょっとここで降ろして下サイ♪」とか言ってサクっと降りて帰ってしまうということをよくやっていた。

当時は何故か「それぐらい許されるよネ」と思っていたし、そういう頼みを嫌がる運転手さんもいなかったので、自分だけズルして得することに何の疑問も持っていなかったのだが、いま誰かがそんな行動するのを見たら「勝手なことするのはズルい!」と思うだろうし、そう思われるのは嫌だから自分がそういうことはやらないだろうと思う。

心境の変化はどういう理由によるものだろう? 歳とるにつれて同調圧力が強まってしまったのだろうか?

かなり前に使ったトイレの操作パネルにテプラが貼られていた。 「テプラを貼られたらデザイナの負け」だとよく言われるが、 「便器洗浄」じゃ意味がわからないから 「水を流すときは〜」などというテプラが貼られていたのだろう。

いろんなトイレで似たようなテプラをしょっちゅう目撃する。

いったいトイレを使った後で便器を洗浄したいと思う人間がいるものだろうか。 トイレの掃除屋でもない限り、 自分の汚物を流したいと考えるのが普通というものだろう。 にもかかわらず今でもかなり多くのトイレで「便器洗浄」という表記が見られる。 「汚物を流す」と書きたくないのは理解できるが、 いつまでたっても「便器洗浄」という文言が無くならないのは、 メーカーの人間がかなり重症な便器洗浄脳に冒されており、 ユーザ目線で製品を作ることができなくなっているのだろうと思う。 社内では「便器洗浄」という言葉が全く普通に使われているのではないか。

こういう危険はあらゆる分野のエンジニアに共通なので エンジニアは充分注意するべきだろう。

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